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| Sep. 21 1999 |
普通を守る
竹田津さんと崎野さん 99年9月21日、気温:10度、天気:曇り、風:南西
出発地:小清水町・小清水神社=北緯43度55分17秒/東経144度28分53秒
到着地:阿寒国立公園・小清水ハイランドキャンプ場=北緯43度42分35秒/144度21分01秒
歩いた距離:15Km昨晩の竹田津さんの夕食の食卓には、崎野さんと崎野さんの友人ふたり、竹田津さんの若い生徒もひとり加わりました。むぎみそや、しおからをつけた掘りたてのじゃがいもなどをつまみながら、みんな床に座ってくつろいでいました。
ここ「オホーツク村」と呼ばれる場所で竹田津さんとなかまたちが35年前に始めた活動について、詳しく聞くことができました。
「18年前になるかな、僕は仲間と一緒にすごいことを考えついたんだ。ある人が 30ヘクタールの森林を農地に変えようとしていた。僕たちはその土地を買って、森林のまま残しておいた方がいいのではないかと考えたんだよ」。そこで、竹田津さんと「小清水自然と語る会」の仲間はお金を出し合い、森林を守るために協力してくれるよう日本中に呼びかけました。
その努力が実ってナショナル・トラスト運動から生まれた日本で二番目の自然保護団体になったのでした。別の言い方をすれば「オホーツク村」と「小清水自然と語る会」が世話をする森林を守るため日本中の人が大勢お金を出したということなのです。
竹田津さんと小清水自然と語る会が森林を買い、近くの人たちが木を植える手伝いをしに来てくれたりしていた、ちょうどその時、すぐ隣の土地が売りに出たのです。「とても信じられなかった。でもまた思い切って、その土地も買ったんだよ」と、竹田津さんはいいます。
何キロも海沿いに歩いたあと、道は登りになり、阿寒国立公園の山へと続きます。 「オホーツク村」を生んだのは、みんなの行動力と竹田津さんの強い意志、そして、寄附をしてくれた日本中の人たちの好意でした。「僕たちは、手を貸して下さいと頼んだだけ、でも何とかすることができた」。
オホーツク村の活動は木を植えて森を作ること、牛のふんにょうを処理して肥やしをつくること、そして、環境教育から始まりました。すべての活動に共通しているのが、竹田津さんがいつも言う「普通のことを確かにするのが理想」です。
「例えば、日本でタンチョウヅルは良く保護されている。どこに住んでいるのか、何を食べているのか、どこからいつ渡ってくるのか、よくわかっている。ところが、ツルが生きるためにいったいどのくらいカエルを食べるのかとか、ツルが生きるために、どれくらい土が必要なのかなどを知っている人はいない。そこなんだよ、僕たちがやろうとしているのはそういう細かな事実を学ぼうとしているんだよ」。
竹田津さんを訪ねて学んだことは、環境は、私たちの毎日の生活、毎日の暮らし方が大事だということだと思うのです。「近道はありません。長い道を行かなくて答えは見つかりませんよ」「オホーツク村」の人たちはこうして日常生活の「普通を守る」という暮らし方をあみだしているのでした。
これから4ヶ月の僕自身の日常生活がどれくらい普通でいられるか、挑戦してみたいと思います。
◆グレッグと森のクマさん情報
この旅で初めて今日内陸に入りました。進めば進むほど緑が濃く、森が深くなります。クマに関して今日2回注意を受けました。そのうちのひとりは、山の反対側にクマが出たから注意するようにというファックスを友人からもらったそうです。
出発前に友達がくれた鈴をつけて大きな音を立てながら歩いています。
グレッグ
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