知恵だより 013号

Sep. 25 1999

マリモの謎

99年9月25日、気温:13度、天気:時々曇り、強風、風:南西
現在地:阿寒湖
歩いた距離:0Km

 今日は朝遅くまで眠って、一日いい休養になりました。午前中はボールの形をした藻「マリモ」の謎を解くために、阿寒湖畔ビジターセンターへ行きました。アイヌ語でマリモは「ト・カリブ」や「トーラサンテ」と言われます。ト・カリブは「湿地のボール」の意味で、トーラサンテは「湖の種」という意味です。

 マリモとは、たくさんの細い糸のような緑の藻がからまりあったものです。まんまるいマリモは阿寒湖にしかないそうですが、他の似たような藻の塊は日本や世界のいくつかの湖で見つかっています。マリモのなかまが、オーストリア、オランダ、アメリカのインディアナ州やニューヨーク州、ロシアのシベリアでも見られることが最近の研究でわかっています。阿寒湖のマリモは、大きいことやまんまるなことで、世界中の宝とされています。

 昔は阿寒湖の中に入って行って、勝手にマリモを取ってくることができました。しかし、戦後の急速な開発によって、マリモは危機的な状況です。阿寒湖の北での林業や、阿寒湖の水を水力発電のために使ったことがマリモの生息地を危険にさらすこととなりました。上流での伐採で阿寒湖の浅い水を汚れているので、光合成に必要な太陽光線がとどかなくなっています。水力発電に水が使われることで、水位が下がっているので、マリモは岸で太陽にさらされて死んでしまいます。

 当時は開発が優先で、環境は二の次でした。でも、阿寒のアイヌの人たちやマリモ愛護会がマリモがもどってくるよう、対策をたてたのです。はじめは、おみやげとして阿寒から持ち出したマリモをもどすように人々に働きかけようと、日本中で活動を始めました。全国の人たちが、貴重なマリモをもどそうと協力しました。そして、1952年に、特別天然記念物に指定されたのです。これよりも少し前の1950年に、マリモを大切にするためにアイヌの人たちがマリモ祭りを創設しました。マリモへの想いは、環境保護に対する地域の人たちの支持を得るに至ったのです。

 マリモを保護しようとする対策が、今に至るまで何年もの間行われてきたのにもかかわらず、マリモの生息地はまだ不安定です。昔は湖の大部分でマリモが育つことができたのに、今では、ほんの少しの場所でしか育たなくなっています。観光客は、ビジターセンターかマリモ博物館でしかマリモを見ることができません。人工的に育てられたマリモは、ガラスの瓶に入って道に並ぶ土産物屋で手に入れることができます。

 マリモは、誰も知らないただの藻の緑の玉だったのに、今ではこの地域の人々のシンボル、また阿寒の自然環境のシンボルになりました。このシンボルは環境保護のユニークな試みにつながり、全国の人たちに大事にされています。

 同時に、マリモが観光客を引きつけるために新たな環境問題を引き起こしています。観光用のバス、ボート、ホテルから出る廃棄物などが、マリモの生息地に影響を与えているのです。この地域の経済は、観光に依存しているので、環境保護と経済的安定の間にジレンマがあるのです。

 グレッグ

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