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| Nov. 30 1999 |
さびしくなる町
芽登でみかけた家 99年9月30日、気温:12度、天気:曇り、風:南西
出発地:足寄町・芽登(めと) 北緯=43度16分17秒/東経=143度25分33秒
到着地:上士幌町・黒石平 北緯=43度20分24秒/東経=143度15分53秒
歩いた距離:20Km芽登地区の端からは、400メートルくらいの小さな町並みを全部見とおせます。国道241号線からやって来る人の目に最初にうつるのは小さなカラオケの店です。道には誰もいません。まだ朝早く寒いので、町の人は家の中にいるのかもしれません。
この小さな町の中を歩いていくと、店と普通の家の区別がほとんどつきません。家かなと思うと、小さなのれんでラーメン屋さんだったりします。他にも何軒か看板のでている家がありました。でも、実際に商売をしているかどうか外からはよくわかりませんでした。
小さな庭にまきが積み上げられている家がいくつかあるのは、人が住んでいるからでしょう。ゆがんでしまった木の壁に、ずれた窓枠の誰も住んでないような家もいくつか道の両側にありました。
町を通り抜けて左に曲がると、長い間見捨てられたような、庭が草ぼうぼうの家がいくつもありました。町の一番最後の家の玄関を入っていこうとしているお年よりの男性をみかけました。町の水を補給する最後のチャンスかもしれないと思って、水筒を手にその人の方に急ぎました。家の前の草が高く伸びています。積みあげた、まきの上には雨よけのトタンがかけてあって、古い竹のカゴがたなの上においてありました。
芽登の沼地 声をかけると、その人は「うちの家は山からわき水をひいているんですよ」といって水筒に水を入れてくれました。そして、開いた窓から僕に水筒を渡してくれました。
「前は農業をしていたんですが、家以外の土地は全部売ってしまいました。村の人口も3分の1くらいに減って、このあたりにはもう5家族くらいしか住んでいません。みんなよそへ行ったり、亡くなったりしましてね。次は私たちの番でしょうね」とその人は静かにいいました。
「うちの子どもたちも、みんな帯広などへ行ってしまいました。でも私はここを離れたくありません。ここで生まれたんです。死ぬまでここに住みたいです」と、つぶやくようにいいました。
北海道で一生農業をしてきた人なら、きっとたくさんの工夫をしてきたのではないかと思って、聞いてみました。でも「今は、ものがいっぱいあるから、そういう工夫をしなくなってきました」と答えます。自分で工夫しなくてもすむような便利なものが増えたのは事実でしょうが、かといって、彼の経験が役に立たないはずがありません。
北海道で農業をしながら育った人々の経験と知識の積み上げは、伝えていく価値の あるものだと思います。この男性に限らず、お年よりはたくさんの知恵を持っている のでしょう。
お年寄りと若い人が一緒にくらす地域を作ることができれば、そういう知恵を若い 世代に伝え、役にたてられるのではないでしょうか。
僕の水筒は満たされ、道を先へ進むことにしました。
グレッグ
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