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| Oct. 12 1999 |
田んぼで出会った90歳のおじいさん
並んだワラの前の工藤さん=勇払郡厚真町で 99年10月12日、気温:12度、天気:曇り時々晴、風:西
出発地::鵡川(むかわ)町・春日(かすが) 北緯42度35分00秒/東経142度00分 00秒
到着地:厚真(あつま)町 北緯42度43分29秒/東経141度49分05秒
歩いた距離:21Km今日はまた、新しい光景に出会いました。田んぼが広がっているのです。この光景は開拓者が北海道にもたらしたものです。農業技術と人口の変化が、いままたその光景を変えようとしています。
開拓者が来る前、北海道に住んでいた人たちは、狩りをしたりや木の実を集めて暮らしていて、北海道全体が大きな森におおわれていました。その面影が残っているのは、これまで歩いてきた知床、阿寒、大雪山の国立公園部分だけになっています。
それ以外の場所には、1800年代の終わり頃に開かれた農地が広がっています。僕の国アメリカの西部開拓史のように、富を求めて新天地にやって来た人たちが切り開いたのです。四角い大きな田が、鵡(む)川と今日歩いてきた21Kmの道にそって広がっていました。
稲刈りが終わったばかりの田んぼに、小さなインディアンのテントのような形にまとめられたワラが、きれいに並んでいるのに気がつきました。
厚真町に広がる田畑で 近くの家の庭で、朝から作業をしているお年よりがいました。
「両親は私が生まれる前に北海道に移り住んできたんです」という工藤さんは90才だそうです。最初、帽子のつばの影に隠れて顔がよくみえませんでしたが、顔を見ても、どうしても90才には見えません。
「私も両親と同じように、米を作っています。昔は作業は全部手でやったものです」と工藤さんはいいます。ワラは乾かしたあと、馬の飼料として売るのだそうです。
家の方からやって来たのは息子の孝松さんでした。いっしょに米作りをしています。
「この先にいったらもう、ワラを干すような景色はもうないよ」と 60才になる孝松さんがいいました。「うちにはよそのような機械がないんだ。ずっと昔からこんな風にやってきたんだよ」。稲の刈り取りには機械を使いますが、ワラを集めるのは、今も手作業だそうです。
工藤家の三世代がしてきた農作業は厳しかったようです。そのため、孝松さんは子どもたちには農業をしないように話したというのです。「自分の将来は、田んぼのことは気にせずに自由に自分で決めればいいんです」と孝松さんはいいます。
「以前は16軒が一緒に作業をしたものでしたが、今では4家族しか残っていません。村の25家族のうちのほとんどが、別の仕事をしています。何年かしたら、ワラを干す光景は見られなくなるでしょなくなっちゃうだろうよ」と工藤さんもいいます。
田んぼに干してあったワラ以上に貴重なのは、代々積み上げてきた彼らの経験だと思います。工藤さんのような小規模農家が日本歴史の中で、いくつのも世代を支えてきたのだと思います。
農業に疑問を持ち、ライフスタイルの変化を求めるのは、時代の必然かも知れません。工藤さんの次の世代が、一家の経験を受け継いでくれることを僕は望みます。
グレッグ
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