知恵だより 077号

Nov. 28 1999

神社に泊まる

99年11月28日 温度:4度 天気:大雨 風向き:西
現在地:西置賜郡小国町=北緯38度03分42秒/東経139度45分33秒
歩いた距離:0km

 風も雨ひどくて、今日、小国町に入ることは出来ませんでした。今日はテントではなく、宿にずっと閉じこもっています。みんなに話していない話を思い出しました。秋田にいる時に僕は神社に泊めてもらったのです。次の朝、僕は朝のお参り(朝拝:ちょうはい)に加わり、その総社(そうしゃ)神社の宮司の渋谷さんの自然感を少し知ることが出来ました。

 広い畳の部屋は、薄い引き戸で囲まれていました。障子の紙とガラスを通して、朝日が差し込んでいました。渋谷さんは僕を呼んで、朝拝に来るようにと言いました。この礼拝は、神社の神様に敬意を表すために毎日行う儀式のひとつでした。

 神社の中心となる部屋に入って、僕は神前にすわるよう言われました。薄暗い部屋のなかはとても静かで、ドーン、ドーン、というやさしいたいこの音が響きました。床を通して、秋の冷たさが忍び寄ってきました。神前には、今年収穫された稲の穂や、お酒、塩、水がそなえられていました。前方にある開け放たれた扉から、光が差し込んでいました。扉の向こうには、別の部屋が見えました。

 渋谷さんが、朝拝の開始の言葉を述べ、白い紙垂(しで:白い紙をギザギザに切ったもの)のついた大麻(おおぬさ)を取りあげました。それを大きく左右に振り、お供えをきよめました。白い上着と青いはかまをつけた渋谷さんが、振り向いてその大麻(おおぬさ)を僕の頭上かざしてきよめてくれました。そして神前にささげるための小さな小枝(さかき)を渡してくれました。神前に2度おじぎをして、2度手をたたき、神様にこの小枝を捧げました。渋谷さんはさらに言葉を述べ、始まった時と同じく、たいこのドーン、ドーン、という音で朝拝が終わりました。

 とてもゆったりした穏やかな気分になれた経験でした。この儀式に参加できた僕はとても幸運でした。なぜなら、地方の神社の毎日の朝拝に参加できる人などほとんどいないのですから。神道についてもっと知りたいと思い、この機会に渋谷さんから神道と自然とのかかわり方について聞きました。

 「神道では、すべてのもの、たとえば木にも空にも石や鳥にも神様がおられます。すべての神社は何百年もの間、その宿り主を守るためにつとめて来ました」。渋谷さんは、神社の庭にある樹齢300年から400年の木々を指差しながら言いました。「この神社では、様々な行事を通して、自然や地域の人々とずっと変わらない関係を保って来ています。一年を通しての行事には、田植え後のお祭りや、収穫のお祭りがあります。自然には、一年のサイクルがあり、人間もそうなのです」といいました。

 目でみることのできる、また計ることのできる一年の自然のサイクルを祝うのに加えて、渋谷さんによれば、目には見えないものを祝うということもあるのです。

 「神道では、自然のあらゆる神様を敬います。人はその全てを目でみられるわけではありません。神道では、われわれの目で、見ることのできないものを敬うことも大切なのです。これは、人の場合でも同じことです。人間の中にも自然がありますが、それは目で見ることはできません。自然の中にありながら人間の目には見えないものや、人間の中にある自然の姿が、とても大切だと思うのです」と渋谷さんはいいました。

 その朝、南に向けて総社神社を出発した時、西の方に広がる海や岸辺だけではなく、僕のくつの底にも、ふみしめている道にも神様がいるかと思ってみたのです。神道について全部理解したわけではないけれど、新鮮で今までにない感覚を持ちました。一歩踏み出すごとに、神様に感謝し、どうぞ通して下さいますようにと、お願いをしました。そして僕の感謝の気持ちが十分に受けとめてもらえるようにと念じながら、目に見えないもの全てに感謝したのです。

グレッグ

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