知恵だより 098号

Dec. 19 1999

雪と歴史の三国越え

三国街道にある御坂三社神社の石灯ろう=三国峠で

99年12月19日 気温0度 天気:晴時々曇り 風向き:北西
出発地:南魚沼郡湯沢町苗場=北緯36度47分55秒/東経138度46分41秒
到着地:群馬県利根郡新治村猿ケ京温泉=北緯36度44分07秒/東経138度53分27秒
歩いた距離:18km

 三国峠は、その昔、上野(こうずけ=今の群馬県)、信濃(しなの=長野県)、そして越後(えちご=今の新潟県)の三つの国の境にまたがっていたので、こう名づけられました。新潟の山々を通り抜けて続く新しい車道を避けて、僕は山越えの小道を歩きました。

 雪におおわれた冬山を一人で歩いて越えるのと、幅のせまいのトンネルを3キロ歩くのと、どっちが危ないだろうとトンネルの前でちょっと考えました。今日の天気を読み、自分の体力を考え、これまでの山の経験から判断して、僕は8キロの山を越える昔からの道を歩くことにしました。

 国道17号線をこえて200メートルくらい上ってみると、通ってきたスキーリゾートである湯沢町の一部が見えました。ゲレンデが白く輝いています。山を背にして大きなホテルの建物が、窓をキラキラ光らせて、いくつもそびえています。その前にある深い森は、こちら側にずっと広がって、三国峠まで続いているのです。

三国街道から見えた雪のない群馬県側の谷間の景色

 一歩、踏みだすたびにブーツが雪道に深く沈みこんでいきました。ふんわりとした真っ白な毛布のような雪の上のあちこちに、ノウサギやシカの足あとがありました。山道のてっぺんには、御坂三社神社がありました。この神社は、峠を取り囲んでいた三つの国の神をまとめて祭ったのです。何百年もの間、さまざまな理由でたくさんの人々がこの神社の前を通っていったことでしょう。

 その昔、大名たちが江戸へ行くのに三国峠は避けて通れない道でしたし、交易のための道でもあり、また信越側から関東への中継点でもあったのです。道には昔を思い起こさせるものがありました。ここを通る途中で亡くなってしまった人たちのお墓、石の塔、そして群馬県側のふもとにある永井宿などすべてのものが、道の歴史をしのばせてくれます。

 この道を通った昔の人たちはどんなに体が強かったのだろうか、と考えながら歩いていました。もし、トンネルを通ったとしたら、25分で群馬県に着いていたでしょう。山道を通ったので、県境まででも1時間半、雪の中を歩かなければなりませんでしたし、永井までは、さらに2時間半かかったのです。

よく見ると、動物の足あとがたくさんあります=三国街道で

 交通量の多い国道17号線は、静かで穏やかな山々には、にあいません。新潟の輝くような雪が、今日一日ずっと広がっていました。道が下りになって、雪のない谷間と新治村が見えてきた時、それまで雪の反射光と風に目を痛めつけられてきた僕はほっとしました。守門村でのあの雪を思い出すまもなく、雪は回りから消えてしまいました。もう、この旅で雪にであうことはないでしょう。

 山を越えて関東地方に入ると、東京はぐんと近くなったような気がします。

 グレッグ

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